推しがいる前提で、将来を考えるという選択

推し活と将来設計は相反するもの?

推し活の話をすると、どこかで必ず出てくる言葉がある。

「将来のこと、ちゃんと考えてる?」

「いつか落ち着くんでしょ?」

まるで、推し活をしている間は人生設計ができていないみたいな空気。

でも私はずっと思ってた。

本当にそうなんかな?

「いつか落ち着く前提」に違和感があった

世間の「将来設計」って、だいたいこう。

趣味はほどほど 余計な出費は減らす 落ち着いた生活を目指す

でもその中に、推し活がちゃんと含まれてることは少ない。

「今だけの楽しみ」

「若いうちだけ」

そう扱われることに、ずっと違和感があった。

推しがいる前提で考えてみたら

あるときから、考え方を変えた。

推し活をやめる前提で将来を考えるのをやめた。

やめるかどうかは分からない。

好きな気持ちがいつまで続くかも分からない。

でも「今、推しがいる」ことだけは事実。

だったら、推し活がある前提で 無理のないお金の使い方を続けられる働き方を考えたほうが、よっぽど現実的だと思った。

お金・仕事・時間の現実的な組み立て

推しがいる前提で人生を考えると、自然と現実を見るようになる。

生活費は削れない 推し活費には上限がいる 働く時間も体力も有限

夢みたいな話じゃなくて、「どうやったら続けられるか」の話になる。

推し活は浪費じゃなくて、管理が必要な大事な要素になる。

推し活を軸にすると見えてくるもの

不思議なことに、推し活を軸に考え始めてから、働く理由が明確になった 無駄な出費に気づきやすくなった 自分の価値観がはっきりした

「何のために生きてるんやろ」っていう漠然とした不安が、少しだけ小さくなった。

推し活が、人生を軽くしてくれた感覚がある。

推しがいなくなる未来も、ちゃんと想定している

勘違いしてほしくないのはここ。

私は、「一生この推ししかない」とは思ってない。

推しが変わるかもしれない 推し活をやめる日が来るかもしれない

でもそのときも、今までの推し活で培ったお金の管理感覚 自分を楽しませる力 一人で立て直す経験は、ちゃんと残る。

推し活は消耗品じゃない。

まとめ:推し活は人生設計の敵じゃない

推し活をしているから、将来を考えていないわけじゃない。

むしろ私は、推し活があるからこそ、人生をちゃんと考えるようになった。

推しを理由に働くのも、推しを理由に貯めるのも、推しを理由に将来を考えるのも、全部、立派な人生設計。

推し活は、現実逃避じゃない。

私にとっては、現実と向き合うための一つの軸やと思ってる。

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