推し活をしてる自分を、少し好きになれた話

正直に言うと、

推し活をしている自分のことを、ずっと肯定できていなかった。

グッズを買うたび、遠征の予定を立てるたび、

頭のどこかでこんな声がする。

「そのお金、もっと別のことに使うべきじゃない?」

「大人なのに、こんな趣味でいいのかな?」

楽しんでいるはずなのに、

同時に罪悪感も抱えていた。

自分にお金を使うことへの、謎の罪悪感

生活費はちゃんと払ってる。

仕事もしてる。

誰かに迷惑をかけているわけでもない。

それでも

「推しのために使ったお金」を思い返すと、なぜか胸の奥がチクっとする。

たぶんそれは、

  • 自分のために使うこと
  • 「楽しい」だけのものに使うこと

を、どこかで許してこなかったからだと思う。

「こんな趣味でいいのかな」と思ってしまう理由

推し活って、成果が見えにくい。

資格が取れるわけでもないし、キャリアに直結するわけでもない。

誰かに説明しようとすると、ちょっと言葉に詰まる。

だからつい、

「もっと有意義なことをした方がいいのでは」

「時間の無駄と思われてないかな」

そんな迷いが出てくる。

でも、あるとき気づいた。

推し活を通して、自分を「許せた」瞬間

疲れて帰ってきた日。

推しの動画を見て、心から「今日も生きててよかった」って思えた。

ただそれだけのことなのに、その感情がすごく大事に思えた。

  • 明日も頑張ろう、じゃなくていい
  • 成長してなくてもいい
  • 役に立ってなくてもいい
  • 「楽しい」と思える自分が、そこにいた。

そのとき初めて、

推し活をしている自分を「まあ、悪くないな」って思えた。

推し活は、自己肯定感を直接上げるものじゃない

でも、確実にこれだけは言える。

推し活は「自分を雑に扱わない時間」を作ってくれる。

  • 好きなものを好きと言う
  • 心が動く瞬間を大事にする
  • 自分の感情を後回しにしない

それを繰り返すうちに、いつの間にか

自分への扱いが少し優しくなっていた。

推し活をしてる自分を、忘れないで

推し活は逃げじゃない。

現実逃避でもない。

ちゃんと生きている人が、

ちゃんと息をするための時間。

もし今、「こんな趣味でいいのかな」って迷っているなら、それだけ真面目に生きてきた証拠だと思う。

推し活をしている自分を、どうか忘れないで。

その時間があったから、今日まで生きてこれた自分がいる。

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