推し活をしてから、人間関係に少し距離ができた気がする
推し活を始めてから、人間関係が大きく変わったわけじゃない。
でも、「前と同じではいられなくなった」感覚はある。
誰かと合わなくなったわけでも、
嫌いになったわけでもない。
ただ、噛み合わない瞬間が増えた。
推し活の話、どこまでしていいかわからない。
推し活の話って、意外と難しい。
相手がどこまで興味あるのか分からない
- 温度差が怖い
- 引かれたくない
- 「まだそんなことしてるの?」って思われそう
結局、
無難なところで止めることが増えた。
話しても、話さなくても、ちょっと疲れる。
「推しがいない人」との距離感がわからなくなる
推しがいる生活が当たり前になると、推しがいない人の価値観が、少し遠く感じることがある。
休日の過ごし方。
お金の使い方。
仕事への向き合い方。
どれも間違ってないのに、同じ言葉を使っても、見てる景色が違う感じがする。
無理に合わせようとして、自分が薄くなる感覚がしんどくなることもある。
推し活を理解してくれない人=悪、じゃない
推し活を否定された経験があると、「この人とは分かり合えない」ってすぐ線を引きたくなる。
でも最近は、そうとも限らないと思ってる。
推し活を理解できない人は、ただ知らないだけの人も多い。
同じように、私も誰かの大切なものを全部理解できてるわけじゃない。
人間関係は「わかってもらう」より「守るもの」になった
昔は、分かってもらえないとしんどかった。
今はちょっと違う。
全部を共有しなくてもいい。
無理に理解してもらわなくてもいい。
大事なのは、推し活をしている自分を自分で否定しないこと。
それができるようになると、人間関係にも必要以上に期待しなくなった。
推し活が、人との距離感を教えてくれた
近づきすぎない。
離れすぎない。
推し活を通して、人との距離感を考えるようになった。
誰と何を話すか。
どこまで見せるか。
それを選べるようになったのは、たぶん成長だと思ってる。
まとめ:推し活で失った人間関係も、無駄じゃない
推し活をして離れた人もいる。
逆に、深くなった関係もある。
どっちも間違いじゃない。
推し活は、人を選別するものじゃなくて、自分が無理してた関係を浮き彫りにするものやった。
今そばにいる人たちを、ちゃんと大事にできてたら、それでいい。
