それでも私は一人じゃないと思えた話
推し活をしていても孤独を感じる瞬間
推し活をしていると、「毎日楽しそう」「充実してそう」って思われがち。
でも、推しがいても孤独を感じる瞬間は普通にある。
夜、家に帰ってきたとき。イベントが終わった後の静けさ。
誰とも連絡を取らずに一日が終わったとき。
推しがいるからといって、孤独が完全になくなるわけじゃない。
「推しがいれば寂しくない」は本当?
よく聞く言葉だけど、私は少し違うと思ってる。
推しがいるから、寂しさを感じなくなるわけじゃない。
むしろ、寂しさを感じる余白があるから、推しの存在がより大きく感じられることもある。
孤独を誤魔化すための推し活じゃない
「寂しいから推し活してるんでしょ?」
って言われたこともある。
でも、孤独を埋めるためだけに推し活してるなら、こんなに長く続いてないと思う。
推し活は逃げ場じゃなくて、自分の気持ちを整理する場所に近い。
推しは孤独を消す存在ではない
ここははっきりしておきたい。
推しは、孤独をゼロにしてくれる存在じゃない。
一人で抱えてる時間も、誰にも言えない気持ちも、結局は自分で向き合うしかない。
推しは隣に立ってくれるけど、代わりに生きてくれるわけじゃない。
それでも救われている理由
それでも私は、推しに救われてきたと思ってる。
理由はシンプルで、「一人でも生きてていい」って思わせてくれたから。
誰かに選ばれなくても、誰かと常に一緒じゃなくても、自分の人生は進めていい。
その感覚をくれたのが推しやった。
推し活がくれた「一人でいられる力」
孤独と一人は、似てるけど違う。
推し活を通して、「一人でいる時間を悪いものだと思わなくなった」。
- 一人で現場に行く
- 一人で遠征する
- 一人で余韻に浸る
これ全部、最初は少し怖かった。
でも今は、一人でできる自分を誇らしく思える。
孤独を抱えたまま生きていくという選択
孤独を完全になくす人生は、たぶんない。
誰かといても孤独を感じるし、一人でも満たされる瞬間はある。
だったら私は、孤独を抱えたままでも生きられる自分でいたい。
推し活は、そのための支えの一つ。
まとめ:孤独があっても推し活はできるし、推し活は楽しい
孤独は悪者じゃない。
推しがいても孤独はあるし、孤独があっても推し活はできる。
誰かと一緒に何かを推さなくてもいい。
一人でいる自分を否定しなくなったこと。
それが、推し活が私にくれた一番大きな変化かもしれない。
